聖者たちの宴〜趣味に生きる高等遊民の日々〜

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zoom RSS 私のネット上のオリジン(起源)

<<   作成日時 : 2012/02/11 16:55   >>

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どうも、樫亞餅/枕不倫です。

またしても更新をさぼっていて駄目駄目な自分を晒しているのが情けない・・・・・・。
基本的にネタを探す→それについてのソースや他の情報を探す→文章を起こす、っていうのが私の書き方になります。まぁ、このやり方正直に言うと

読書感想文とかレポートに似ていて執筆意欲が削がれるェ・・・・・・・・

って感じなので更新スピードが上がらないお(´;ω;`)ブワッ

テキスト系サイトは難しいなぁ・・・・・・・・・・・・。

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と、言うわけで読者諸君、あけましておめでとう(←え。

さっそくだが今回の話題に入る。このブログの存在理由ということがメインテーマになる。

まず私のサイト・twitterにおける文章は基本的にとある二つのサイトから影響を受けている。
一つは雑記系、もうひとつはギター系のところである。

その人たちのサイトを紹介したいが、ある意味「このブログの芸風の責任はアンタ達にあるんだよ!!」と言ってしまうも同然なんで、分かった方は私に聞きに来てくれ。

多分分からないだろうな、そうとう私と似た思考が出来ないと検索ワードすら思いつかないようなところだし。

話が脱線した。いったい私は一体そのサイトのどこに魅かれたのか?

そこの主たちが最高にクレイジーな方たちだったのですな。

なにがクレイジーか?文章の語り口調がである。

ある意味私の文章は相当痛い子になっていると思う。

プロのジャズメンに喧嘩を売りかねない内容、今までのジャズマニアたちの閉鎖性によるジャズの腐敗を勝手に嘆いていて、自分のやっていることを正当化させようとしているのだから。

そもそも自分がジャズにロックを取り込もうと思ったのはそのギター系の主からの影響である。
その人は私よりも大分年上(もう50も過ぎたくらいか?)で高校の頃はHR/HMの少年、社会人になってからはギターをやめたものの、(そのサイトが始まった数年前に)もう一度ギターを手に取ったいわゆるおじさんギタリストだった。

まだ私がギターを初めて間もないころにそのサイトにたどり着いて、そこにあった音楽に対して喧嘩を売る姿勢、アマチュアギタリストたちに対する楽典知識のなさを指摘し「ギタリストは大バカ者しかいない」と豪語し、そしてそうしたクズギタリストをまっとうなミュージシャンにすべく自身のレッスンネタを公開しているのを見て、大いに感銘を受けたのだ。

自分自身(の愛するモノ)をちゃんと見つめ、それを嘲笑い、そしてそれに対する解決策を提示する

私はその人のやろうとしている事がそんな風に(今思うと)見えたのだ。

さっそくその人の主催するメーリングリストに登録させてもらって、その人やそこに集う私よりも年上の先輩ミュージシャン達と意見交換の場に赴き、色々と学ばせてもらった。

残念だが、もうそのサイトはネット上には存在しない。数年前に更新が止まり、メーリングリストも機能しなくなった。一度その人の主催するセッション大会に出てみたいと思っていたが、それもかなわなくなってしまった。

もう一人の敬愛する主、この人もかなりのフリークである。
アニメ、ゲーム、政治などに対する鋭い見解提示し、読者を飽きさせない文章が作れる人だったので、このブログの礎ともなっている人である。

ここまで読めばこのブログの存在理由がよくわかるだろう。一つは自分の趣味でもあるギターに対する自分の意見の公開、練習や音楽に対する考え方を書いていき、アニメやサブカル話をgdgdとつづる。さらに現在の政治体制のことに関するコメントや、世の中の動きに対しての意見を載せる。


まーあれだ。ほら、みんなもやるでしょ?そう、それ。じゃあせーのっ、で言ってみよう。せーのっ!














オナ○ーですな









しかも盛大な。

自分の言いたいこと、やりたいことを思うがままに行い、それを他人に見せ、それによって他人の心を動かすことや考えるきっかけを促せられれば幸いである。

まぁ、インターネットで発信することは結局のところ「私を見て!!」ってことじゃねーのかと思うわけだ。

私個人のインターネットに対する考えとは「双方向性」が常にあるということである。情報を受け取ることも、発信することも自由に誰でもできるということだ。

カリスマ主婦()のレシピサイトなんて最もな例だと思うがな。家にいる時間が長く、ちょっと料理上手であれば写真を取ってブログなりにうpすれば誰でも始められるし。あれだって「私は短時間で、お菓子や普段料理には使わないものを使ってこんな料理を作れるのよ!私ってスゴイ!!」という自己顕示欲の塊だとしか思えん。で、それに不特定多数の人間がその情報を受け取って食事を作ったりするわけだ。

誤解を招きたくないので言っておく。それを悪いことだとは一言も言っておらん。要は情報の発信に必要な大義名分なんぞそんなものでいいんじゃないの?ということが言いたいのである。

このブログを始めたのも上記の二人のサイトを見て「自分も同じことをやってみたい」と思ったからこそだしな。

ま、クオリティは大分駄目かもしれんが。

読者の方には人生の箸休め程度に読んでいただけたらこれほどうれしいことはない。

そしてその人たちにあこがれてネットで情報発信をしていて思うのが、「ネット上に載せる発言はどこまでか?」ということだ。

去年(2011年)は炎上が多く起きた年だったと言える。

人間としての思考に重大な欠陥があるんじゃないか

と思われるリア充(笑)たちによる犯罪告白とかな。

そのせいで、全体的にネット上の発言に敏感になっているのか知らないが、このブログ、及びついったーに、私への警告が来た。

まぁ要はこのブログやついったーの内容で、見たら不愉快になるからやめんか!お前のケツ貸せ!と言うような指摘である。←もちろん後半部分は嘘です。

よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー考えてみよう。

あくまでもここは私の妄想・思考の垂れ流しの泉である。

私の言うことが気に入らなければとっととブラウザの戻るをクリックすればいいだけの話である。

私の存在が気に入らなければ### この文章は機関長の命令<オーダー>により見敵必殺<サーチアンドデストロイ>されました ####

誰も私に従えとは言っていない。

大体、大きな勘違いが前提にあると言えるな。

人間は他人の言ったことを100%理解することなんてできやしない

そうだろう?もし画面の前の君の言ったことを100%理解できる人間がいたとしたら、それは君と言う人間がもう一人できることと同じである。

人間一人ひとりの思考はその背景が一人一人違う。

私の言ったことを「不愉快だ!」と思う人間もいるだろう。
「そうか!なるほど、俺の思っていたもやもやな感情はこれに近いんだ」と納得する者もいるだろう。

それでいい。

100%の理解が出来なくても、70%程度の理解までは高めることはできるかもしれない。そして”共感”するかどうかはその後決めればよい。

私だって実名やその団体の名前をあげて、特定されるように批判なんぞは書かない(個人的なつながりがある場合)。

だがこのブログの性質上その中でネタになることは書かせてもらう、しかしそこにはちゃんと配慮として事情を知っている人間が読めばわかる程度にぼかして、一般論として書く。



まぁ私が言う時は大体「お前ら反省汁wwww」くらいのつもりで言ってるんですけどね☆(え






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