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みんなの「独り言」ブログ


雑記:エロ(※えぐち)をどう捉えるのか

2016/08/07 11:29
何年ぶりかの更新であるが、シンプルな記事とする。


・なぜ彼氏や夫はパートナーがいながら「エロ本」「AV」を隠し持つのか? その理屈と男女の認識差を解説する
http://blog.goo.ne.jp/yukks453145/e/ca9b0675df32b0f7bd97e79f94b0314b

YU@K氏(@slinky_dog_s11)の主張を読んでみて、女性側からすると異性パートナー(彼氏・夫)の性的要求が理解できていないことがあるんだなーと知らない世界を垣間見た。
※異性パートナーと昨今のLGBT事情に配慮してみたが、同性カップルの場合はどうなるんだろう。
男同士はなんとなくお互いにそうしたコンテンツの所有があっても「見て見ぬふり」をしそうだが、女同士の場合はパートナーの「自分以外に向いている欲求」を許容できるのだろうか。

で、この記事にあったピラミッド型の図(「おそらく女性が認識する『男性の性欲』ってこうなっているのでは?」というやつ)を見て、頭の中で合致したことがあったのが今回の本題。
※今回の話は「男性と女性の関係性」の文脈とします。

・フェミニストがオタクを憎むのは恋愛市場のズルやダンピングだと思われてるから
http://togetter.com/li/897474

個人的にツイッター論客の一人と思っているterrakei氏(@terrakei07)のこの主張。
核となるのはこの一文。
【要するに、性産業や二次元ポルノって、性的欲求のヒエラルキーの価値を相対的に下げるので、性的欲求のヒエラルキーがあるからこそ成立していた倫理観やシステム(ありていにいうと「女性にやさしくするべき」という考え)を根底から揺るがしかねない、ということなのだろうか。 】

この仮説と、先ほどのピラミッド図を頭の中で重ね合わせると、こういうことにならないだろうか。

女性にとって、最上位の概念にあるのが「(恋愛によって得られた)パートナーとの性行為」である。
二次元やAVといったコンテンツは、それよりも下にある下位の概念であり、男性にとって(女性との)セックスが手に入る状況では消費する必要はない(=許せない)。
また、弱者男性(恋愛市場から撤退し、女性にたどり着けない男性)が、下位概念を代替品として消費することは性行為の価値を貶める行為である(許さない)


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タイトルとしては「エロをどう捉えるか?」と書いたが、この話の根幹に位置するのは「女性にとっての恋愛、そしてパートナーとのセックスの価値」なんだと思う。

まぁこの辺は次回のテーマで超長い文章として書く予定ですが、一つ予告として示させてもらうと女性にとっては今も昔も「自分だけを見つめてくれる、(自分よりも弱い男性を虐殺できる)白馬の王子様」を待ち望んでいる状況なんでしょう。



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ぶんぽう!!

2015/05/17 23:10
とてつもなく久しぶりの更新だがいかがお過ごしだろうか。
枕不倫である。

長い間ほったらかしにしといてアレであるが、今回はショート更新としての記事である。
なお、この記事のきっかけとなったカイワレ氏にこの場を借りて感謝を述べたい。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

私もサラリーマン生活を始めて3年目に突入する。
その中で時折お客さんと話している中で気になる言葉がある。

客「最近のお勧めって何かあるの?」

枕「今回の○○は若手社員向けに〜〜な効果を狙っているんです」

客「なるほどですね〜


ん?


・「なるほどですね」ってどういうことだよ

この言葉、ビジネス上よく聞く・使う言葉なんではないかと思う。
個人的には以下の場面が思いつく

1:上司、またはお客との会話の中で相手の話に同意や理解を示すときのあいづち
2:特に理由はないが、相手に「話を聞いていますよ」という姿勢を見せるため
3:相手の要求・要望が受け入れられるものではないが、まずはその話を受け止めたというサイン

上記場面をまとめると「あなたの話を受け入れる、または受け入れないなどは別にする。ただあなたの話はちゃんと耳に届いているし、内容の理解は出来ています」というアピールの色が近い。

ただ、「なるほど」という言葉に対しては次の疑問が浮かぶ人もいるだろう。


・そもそも「なるほど」って使っていいのか

まず私の勤め先(企業・団体への研修講師派遣会社)ではこの言葉を客との会話上連発すること、使用することはあまり望ましいものではない。
現在所属している営業部署の元部長(現違う部署の部長)が、過去に「なるほど」を取引先との会話で連発する営業部員に対して
「おまえは評論家か!」
とやんわりと指摘したことが元で、現在でも使用があまり好ましいものとされていない。

理由としては上から目線の言葉に聞こえる、ということだ。

また、某広告代理店に勤めている大学時代の同期が「なるほどですね」について広告業界的ルールとすると「なるほどで止めると体言止めになる。それは命令形にあたるので、ですねをつける」というようなことを言っていた。


「なるほどですね」は失礼? 会社での正しい言葉の使い方(http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0406&f=column_0406_007.shtml

とこういう記事もあるくらいだから「なるほど=あまり敬語の機能を持ち合わせていない言葉」という認識が高いということだろう。

・なるほどと言いたくなる「なるほど」の本当の姿

http://d.hatena.ne.jp/kazsa/20130203/1359870851

まずはこれを見てもらえればある程度の解説は分かってもらえると思う。

「なるほど」というのは

1:副詞(自立語で活用がなく、主語にならない語のうち、おもに用言(動詞、形容詞、形容動詞)を修飾することば(連用修飾語)。名詞や他の副詞を修飾することもある。出典:Wikipedia)

2:感嘆<感動>詞(感動、応答、呼び掛けを表し、活用がなく、単独で文になり得る語である。主語、述語、修飾語になることも他の語に修飾されることもない。出典:Wikipedia)

ということであり、そもそも「ですね」をつけるのは文法上間違いなのだ。

※この定義だけを見ると上記の友人の「体言止めは〜」のくだりから、「なるほど=名詞」という広告業界の認識は間違いである。体言とは名詞・代名詞という自立語で活用がなく、主語になる品詞だ。まぁ違いが主語になるかならないかだけで、そもそも日本語における品詞の分類はあまり現実的ではないと思う。「ビールの美味い、を変える」のように品詞の変な活用を生みだしてしまうことが許容される言語だし。



・結論として「なるほど」「なるほどですね」はどうなのさ

「あなたの話を受け入れる、または受け入れないなどは別にする。ただあなたの話はちゃんと耳に届いているし、内容の理解は出来ています」

というニュアンスを伝えたい言葉として、「なるほど」は品詞の使用法として間違いではない。
ただ「なるほどですね」は文法上間違っているし、そもそもそうした知識がなくとも一瞬「もやっと」とした感覚を相手に覚えさせるものである。

そして、「なるほど」という言葉には上から目線で言われているようなニュアンスを感じやすい。
なので言いかえ可能な表現があるなら言いかえ表現(「おっしゃる通りです」等)を活用した方が無難。

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今回の内容を考えて行くうちに分かったことなのだが
「ビジネス上の正解と、学術的な正解は概ね乖離している」ということ。

本来「なるほど」には尊大な言葉づかいという用法やら機能性はないのにそれを「上から目線」だとか「評論家みたい」と感じる人間がいるという事実がある。
この辺りは恐らく上記弊社部長の「お前は評論家か」という発言や、「なるほど、〜〜は」という新聞の論説・昔の小説における地の文など、硬い表現を表すために使われることが多かったというのが理由なんじゃないだろうか。

言語というものは変化していく以上、「昔からこう言っていたから!!」だけで押し通すには無理が生じる。
ただ考えなければいけないのは変化していくのだから「じゃあ本当はどういうことなんだろう?」と原典・正典みたいなものに辿り着くことを忘れてはいけないということだ。
また、ビジネスという世界は「正しいかどうか」ではなく「周りが考えている常識にちゃんとついてこれるか」という要素も非常に強い。
柔軟にその辺りを適応させていけるかも重要なポイントだろう。


ビジネスってめんどくさい(オイ



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振り込め詐欺ってさ

2013/08/18 10:53
やぁ、諸君。枕不倫だ。

こうも暑い日が続くとやる気と言うものが失せて行くが、諸君はいかがかな。

今回はそう言うこと言わないシリーズとして、振り込め詐欺が実は虚偽申告なんじゃないかということを多分日本で初めて言うことにする。


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さて、もう知らない人はいないと思うが改めて振り込め詐欺とは何ぞやと言えば

お金が必要な架空の事案を演じて、ターゲットにお金を振り込ませる(もしくは渡させる)

だと言えるのではないだろうか。

もともとはオレオレ詐欺として2003年くらいから近年では目立つようになってきたと言える。

報道が絶えないということはそれだけ手口が巧妙化しており騙される人が多い、ということだろう。


駄菓子菓子、もといだがしかし、こうは考えることはできないだろうか?


実は振り込め詐欺って狂言犯罪にした場合一番バレないんじゃ・・・・?

と、言うのも理由がある。

1:振り込め詐欺の騙されるシナリオはかなり練られたものが多い
2:受取人役が居るタイプだと目撃証言がなくても不審に思われない
3:報道によって詳しく解説がされるため真似をすることが簡単
4:騙されたことは恥に出来る
の4つである。

上記の4つのポイントは密接に狂言犯罪としての振り込め詐欺を実現する要素として絡んでくる。

綿密なシナリオを作ることで証言の曖昧さを無くすことが出来、なおかつ全てが自分のみで完結することが可能で目撃証言の無さが不振に思われない。また丁寧な報道によりいくつものパターンを知ることが出来て摸倣がしやすい。

そして被害にあったことを”恥”として泣き寝入りをしやすい環境にできるということである。
被害にあった高齢者などは「孫に今年はお年玉を上げることも出来ない」などと自分を責めているという報道が多いが、そう言う風にすれば近所や周囲の人間は被害にあったことについて発言することがしにくくなる環境を作ることが出来る。

いかがだろうか。当たり前だが全ての振り込め詐欺が狂言犯罪である訳はない。しかし狂言犯罪として考えればこれほど便利な手法もないんじゃないだろうか。

特に高齢者が被害にあっているという現状を利用すれば遺産相続における相続税逃れとして利用することは十分に考えられる。
受取人が居るパターンにすればお金を下ろした後に誰かに渡した体裁を装って家のタンスにしまっておけばそのお金は自分の手元から消えたことになる。

後はこっそり子供や孫がそれを受け取ればよい。


言っておくが、これは立派な犯罪なので


絶対にやってはいけない。

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誰もが持っているバイアスを考える

2013/01/27 20:53
やぁ諸君、新年がとっくに明けてしまっているがおめでとう。

この一年も真面目に不真面目なブログをどうぞよろしく。

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さて、突然だが↓の画像を見て諸君らは何を思っただろうか?



画像


ギターを弾くものなら分かると思うが、トラストロッドカバーである。
しかし灰羽連盟を見ていたものならこれを連想するであろう↓

画像


物語のクライマックス、レキの真名が書かれた札である。

さて、なんのこっちゃと思われても仕方がないが、人間は物事を判断・認識する時に自分のバックボーン(背景、来歴など)から考えることが一番最初に行われると思う。

つまり我々は最初からある種の偏見=バイアスを抱えて生きているのである。
上記の画像の例はギターを弾く人=トラストロッドカバーという認識と灰羽連盟を見た人=真名の札という風に同じ画像を見ても連想されるものが異なるということである。

どちらが正しいのか?と問われれば無論最初の画像は「トラストロッドカバー 画像」で検索してヒットしたものであるからトラストロッドカバーである。

しかし、諸君らは知らないかもしれないがアフリカのライ・アーズ族に伝わるという罪人を裁く儀式の時に神の意思が宿りその者の刑罰を決める占いの為の祭具とトラストロッドカバーは同じ形である。

彼らからあの画像を見れば祭具として認識するだろうし、そんなもんが髪の毛ツンツンの良く分からん騒音を奏でている人たち(ヘヴィメタ兄ちゃん達)の持ってる良く分からない棒(ギター)にくっついて振り回していたら、恐らく襲撃されるだろう。※そんな部族はありません、念のため

だが諸君、ここで述べたことはどこでも起こりうることである。
例えば君の持っているスマートフォン、恐らく日本から直通で行けるような国であれば誰もがそれをスマホとして認識してくれるだろう。
しかし未開の地の部族とかに見せたら多分妖術か何かを使う人だと思われて崇められるか魔女狩りよろしく殺されるかのどちらかである。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
宗教対立とかを考えると、偏見=バイアスというものは恐ろしいものである。
お互いをサタンの手先とか言い合っているのだから。

Raghava KK: Shake up your story :http://www.youtube.com/watch?v=64fDIZiV-SM

さて、この動画でこの陽気なインド人の兄ちゃんが言っている事は一つの指標であると思う。
人間は誰しも偏見を持って生きている、それを無くしていくことは難しい。
しかし、偏見=色眼鏡だとするならば、それを付け変えていくことは出来るのではないか?
「複数の視点で物事を考える」
当たり前のことかもしれないが、こうして自分の立ち位置をいくらでも変えてみることが出来る人間と言うのは強いのではないだろうか。

何も自分に自信を持つなと言っているわけではない。もちろん自分を必要以上に卑下する必要も無い。
ただ、あなたが女性で身長150cm、体重90kg越えの体型であるにもかかわらず誰かに「デブだなぁお前」と言われたからって

「私は太ってなんかないモン!!私だって美少女キャラのコスプレをすれば可愛い!!(真顔)」

と言った場合には鏡をちゃんと見た方がいい(まぁ精神が病んでる可能性が微レ存なので精神科医の受診も)し、少しは痩せないと健康に良くないだろうし、何よりテメェがスマプリのマーチのコスでもしようもんならジャンピングニ‐パット喰らわすぞ、デブ。(デブ、といきなり人格否定の罵倒されたことについては怒っていい)

自己認識に間違いは起こりうるし、そもそも”絶対性”を保証するものがこの世にはないのではないか?と私は常々考えている。

何も正しくない、ではなく何かは正しいと言えるし正しくないとも言える、そしてそういうものは世の中にたくさんあるし、その正誤の判断は人それぞれ、ということだ。

自分の信じる世界だけに閉じこもっては誰とも話すことは出来ないのだ。
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ザ・適当補修

2012/07/22 01:00
久しぶりにキレちまったぜ。

たまには単発の短い記事をお送りする。

ギターというものにはピックガードというものがある。大体分かるとは思うがまぁこういう物。
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↑白い部分ね。

とか

こういうのの黒い部分
画像


今回問題にするのはフルアコースティックギターのピックガードである。
ちなみに私のギターであるGB-10<ゲルトルート・バルクホルン>はフローティングピックアップ仕様なのでピックガードでピックアップを固定する。

画像


フロントはネックの方で固定されているけど、リアはピックガード頼み。そしてピックガードとボディを固定するパーツの受け皿が・・・・。

画像


こんな小さな樹脂製ブロックを接着しているだけ。
画像


ちなみに上の写真は自分で補修後の写真。中古で買ったGBだけど状態は良かった。ただ多分元のオーナーはハコモノの扱い方を熟知していたのに対して私は雑に扱う人間なのでピックガードを色んなところにぶつけてしまい剥がれてしまった。それで接着面を見たらごくわずかな接着剤しか付いていなかったのでそりゃ剥がれるわ、と。

補修にはエポキシ系接着剤を使用。とりあえず接着面とその周りをガッチリと。裏面がざらついていたので食いつきは良好なはず。これで次に剥がれるときはピックガードごと割れるだろうとwww

自分の周りでもピックガードを固定するパーツが剥がれるというのは見てきたけど、もう少しなんとかならんのかね?金属パーツでネジ止めするとかさ。

あ、こういう時の補修に瞬間接着剤を使うのは小学生まで。引っ張る力には強いけど横方向の衝撃に弱いのでこういう大きめの不特定多数の方向からの衝撃を受ける場所には向いていない。

今回は今後売ることはないけど元の状態を保つために現状の手段で強化したけど、見た目を気にしない人はホムセンで適当なパーツ買って自作部品を作ってもいいかも。


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日常系漫画のあるべき姿とは

2012/06/03 20:04
どうも、こんにちは。

微妙な更新頻度でお送りする「聖者たちの宴」を見捨てずによろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最後に更新したのいつだっけ?

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やぁ、諸君、あざとーす。

いつもどこかで誰かに向って中指を突き立てている枕不倫だ。
毎度のことだが基本的には更新頻度はそんなに上がらない気がするので、まぁぼちぼちやっていくことには変わりはない。

人生の箸休めにつきあってもいいよ、という方は引き続きよろしく。


さて、大分前の話(正月)になるのだが、実家の方の映画館なら客もいないだろうとタカをくくって「けいおん!」の劇場版を観たのだ。
高校の頃はロックバンドもやっていた人間だから、けいおん!にはさぞかしハマっている(んだろうな、このキモヲタめ!!)、と思われるだろう。

いや、あんま好きじゃないのよね。
 
正確に言うなら京都アニメーション版:アニメ「けいおん!」が自分の肌に合わないのだ。

じつはけいおん!を知ったのは自分がグンマー王国実家から東京に出てきたときに、ふと立ち寄った秋葉原のゲーマーズでアニメ化の広告を見た時だ。
その時はとりあえず原典の漫画を買うか、と思って単行本1,2巻を買い、ついでにメロンブックスで18禁同人をいくつか買いましたけど何か?部屋で読んだ記憶がある。

日常系、というジャンルを知ったのもこの時だったので、今まで読んでいた(らきすた、あずまんが等)漫画がそういうもんなのか(そーなのかー byルーミア)と思ったものである。

で、当然アニメの方も見たのだが、なんとなく原作との作風の違いを感じてイマイチ面白く思えなかった。

おそらくそれは「けいおん!が軽音楽部してる」からなんだろう。

・・・・・・・え、ちょっと何言ってるのか分からないって?けいおん、っていうくらいなんだから軽音学部の話じゃなきゃだめだろう、って?

違うな、ワトソン君。けいおん!は軽音楽部ではいけないのだよ

もっと言えば日常系漫画:けいおん!と言いたいのなら、その軽音楽部の活動が主軸になり、青春をする!というのはご法度なのだと私は考える。

そう、かきふらい氏による原作では、あくまでも唯達の桜高軽音楽部は「日常生活の一コマ」として描かれていたのに対して、京アニ(山田尚子監督)によるアニメは「日常生活の目的となりうる演出のための軽音楽部」になっているのである。

ようは「スラムダンク」はバスケ漫画であることには誰も異論はないだろうが、あれを高校生活の場面があるからと言って日常系だ、と言うのは無理があるということである。

目的を持った時点でその漫画はその目的のためだけの漫画になるのではないのか?というのが私の主張である。

これを代表するのがアニメ一期の「唯がギターを買う」話だろう。

あの話、実は原作とかなり違う。

原作→唯がお小遣い前借り(5万円)して、じゃあ楽器屋行くか!→唯「レスポール欲しいれす(^q^ )」→ムギ「わかってるな?」→店員「」

アニメ→唯が前借り→楽器屋へ行き唯「レスポール(ry」→律「そういや私も値切ったんだっけ・・・」→ムギ「値切るとな?」→バイト→唯「やっぱり自分で買える金額のモノにするお」→ムギ「ニヤリ」→店員「あ、あなたは社長の娘さん・・・・!!」→ムギ「もうひとこえー!!」

というのである。

話としては多少脱線するが、アニメ版けいおん!においては”普通”に憧れるムギというものがかなり意識されていたと思う。この回でもアルバイトや律の値段交渉の部分に強く反応していて、実際にそれを楽しそうにやっていた節がある。記憶があいまいではあるが原作は基本的にはいわゆる“お金持ち”キャラとしての都合の良い扱い方を受けていたように思える(そのせいで微妙に存在感が薄いという気もする)。

じゃあなんでムギはそんなにも”普通”の唯・澪・律達と同じような体験を望むのかというと彼女は軽音部に入ったことが一つの人生の契機になっているのだと考えられる。どう考えたって超絶お嬢様だもんな(まぁ他の三人プラスあずにゃんや他のキャラにも言えることだが私立の女子高で偏差値も高いところに行ける時点で中流階級+αくらいの家庭の出身者なんだろうな、一戸建てのヤツ多いし)。

※原作においても律と休日を過ごしていたときは律の普段の遊びにはしゃいでいた回があるが、あくまでもあれは普段の日常としての面だと思うのでここでは特に考察はしない。

ようはムギにとっては軽音楽部って目的となっているのだ。自分の高校生活にとってのな。
※ムギというキャラってアニメ版で一番化けたキャラだと思うのだ。話すとこの記事では収まりがつかないので又機会があったら書く。

大分説明が長くなった。別にムギだけではなく他の面々にとっても軽音楽部というのが高校生活においてかなり比重の多い描かれ方をしているのがアニメ版の一つの特徴だと思う。

何が言いたいのか?と言うと



この作品は音楽による青春を描きたいのか女の子たちのキャッキャ、ウフフを追いかけたいのかはっきりしろ

ということだ。

話を映画版に戻すと、本来映画版は存在してはいけない作品だと思う。だって本編のミッシングリンク(天使に触れたよ、がどうして・どうやって出来上がったのか?等)を埋める(と観始めた時思った)はずが、観終わってみると

ただ単に軽音部の連中が騒いだだけ

でしかない。天使に触れたよの曲作りの場面の掘り下げ方が弱すぎるのだ。
いくつかけいおん!らしい面白さ(すしバーのとことか)はあったが、正直に言えば「舞台をロンドンまで移してやる必要があるのか?」という疑問が頭に常に残りながら観てしまった。

私のリアルの友人(音楽好き。ギターやベースを弾く)はこの映画を「何回でも観たくなる名作だし泣ける」と評していた。

これを枕的感想にすると次のようになる。

(中身がないから)何回も見たくなる(=記憶に残る部分が少ない)迷作だし、(天使に触れたよの演奏シーンであずにゃんが涙するのは確かに)泣ける(がそれはただ単に自分の卒業の時の寂寥感とかがフラッシュバックしてくるからだろう)。

この続きは次回に。まとまらねーわ、やっぱ。
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私のネット上のオリジン(起源)

2012/02/11 16:55
どうも、樫亞餅/枕不倫です。

またしても更新をさぼっていて駄目駄目な自分を晒しているのが情けない・・・・・・。
基本的にネタを探す→それについてのソースや他の情報を探す→文章を起こす、っていうのが私の書き方になります。まぁ、このやり方正直に言うと

読書感想文とかレポートに似ていて執筆意欲が削がれるェ・・・・・・・・

って感じなので更新スピードが上がらないお(´;ω;`)ブワッ

テキスト系サイトは難しいなぁ・・・・・・・・・・・・。

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と、言うわけで読者諸君、あけましておめでとう(←え。

さっそくだが今回の話題に入る。このブログの存在理由ということがメインテーマになる。

まず私のサイト・twitterにおける文章は基本的にとある二つのサイトから影響を受けている。
一つは雑記系、もうひとつはギター系のところである。

その人たちのサイトを紹介したいが、ある意味「このブログの芸風の責任はアンタ達にあるんだよ!!」と言ってしまうも同然なんで、分かった方は私に聞きに来てくれ。

多分分からないだろうな、そうとう私と似た思考が出来ないと検索ワードすら思いつかないようなところだし。

話が脱線した。いったい私は一体そのサイトのどこに魅かれたのか?

そこの主たちが最高にクレイジーな方たちだったのですな。

なにがクレイジーか?文章の語り口調がである。

ある意味私の文章は相当痛い子になっていると思う。

プロのジャズメンに喧嘩を売りかねない内容、今までのジャズマニアたちの閉鎖性によるジャズの腐敗を勝手に嘆いていて、自分のやっていることを正当化させようとしているのだから。

そもそも自分がジャズにロックを取り込もうと思ったのはそのギター系の主からの影響である。
その人は私よりも大分年上(もう50も過ぎたくらいか?)で高校の頃はHR/HMの少年、社会人になってからはギターをやめたものの、(そのサイトが始まった数年前に)もう一度ギターを手に取ったいわゆるおじさんギタリストだった。

まだ私がギターを初めて間もないころにそのサイトにたどり着いて、そこにあった音楽に対して喧嘩を売る姿勢、アマチュアギタリストたちに対する楽典知識のなさを指摘し「ギタリストは大バカ者しかいない」と豪語し、そしてそうしたクズギタリストをまっとうなミュージシャンにすべく自身のレッスンネタを公開しているのを見て、大いに感銘を受けたのだ。

自分自身(の愛するモノ)をちゃんと見つめ、それを嘲笑い、そしてそれに対する解決策を提示する

私はその人のやろうとしている事がそんな風に(今思うと)見えたのだ。

さっそくその人の主催するメーリングリストに登録させてもらって、その人やそこに集う私よりも年上の先輩ミュージシャン達と意見交換の場に赴き、色々と学ばせてもらった。

残念だが、もうそのサイトはネット上には存在しない。数年前に更新が止まり、メーリングリストも機能しなくなった。一度その人の主催するセッション大会に出てみたいと思っていたが、それもかなわなくなってしまった。

もう一人の敬愛する主、この人もかなりのフリークである。
アニメ、ゲーム、政治などに対する鋭い見解提示し、読者を飽きさせない文章が作れる人だったので、このブログの礎ともなっている人である。

ここまで読めばこのブログの存在理由がよくわかるだろう。一つは自分の趣味でもあるギターに対する自分の意見の公開、練習や音楽に対する考え方を書いていき、アニメやサブカル話をgdgdとつづる。さらに現在の政治体制のことに関するコメントや、世の中の動きに対しての意見を載せる。


まーあれだ。ほら、みんなもやるでしょ?そう、それ。じゃあせーのっ、で言ってみよう。せーのっ!














オナ○ーですな









しかも盛大な。

自分の言いたいこと、やりたいことを思うがままに行い、それを他人に見せ、それによって他人の心を動かすことや考えるきっかけを促せられれば幸いである。

まぁ、インターネットで発信することは結局のところ「私を見て!!」ってことじゃねーのかと思うわけだ。

私個人のインターネットに対する考えとは「双方向性」が常にあるということである。情報を受け取ることも、発信することも自由に誰でもできるということだ。

カリスマ主婦()のレシピサイトなんて最もな例だと思うがな。家にいる時間が長く、ちょっと料理上手であれば写真を取ってブログなりにうpすれば誰でも始められるし。あれだって「私は短時間で、お菓子や普段料理には使わないものを使ってこんな料理を作れるのよ!私ってスゴイ!!」という自己顕示欲の塊だとしか思えん。で、それに不特定多数の人間がその情報を受け取って食事を作ったりするわけだ。

誤解を招きたくないので言っておく。それを悪いことだとは一言も言っておらん。要は情報の発信に必要な大義名分なんぞそんなものでいいんじゃないの?ということが言いたいのである。

このブログを始めたのも上記の二人のサイトを見て「自分も同じことをやってみたい」と思ったからこそだしな。

ま、クオリティは大分駄目かもしれんが。

読者の方には人生の箸休め程度に読んでいただけたらこれほどうれしいことはない。

そしてその人たちにあこがれてネットで情報発信をしていて思うのが、「ネット上に載せる発言はどこまでか?」ということだ。

去年(2011年)は炎上が多く起きた年だったと言える。

人間としての思考に重大な欠陥があるんじゃないか

と思われるリア充(笑)たちによる犯罪告白とかな。

そのせいで、全体的にネット上の発言に敏感になっているのか知らないが、このブログ、及びついったーに、私への警告が来た。

まぁ要はこのブログやついったーの内容で、見たら不愉快になるからやめんか!お前のケツ貸せ!と言うような指摘である。←もちろん後半部分は嘘です。

よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー考えてみよう。

あくまでもここは私の妄想・思考の垂れ流しの泉である。

私の言うことが気に入らなければとっととブラウザの戻るをクリックすればいいだけの話である。

私の存在が気に入らなければ### この文章は機関長の命令<オーダー>により見敵必殺<サーチアンドデストロイ>されました ####

誰も私に従えとは言っていない。

大体、大きな勘違いが前提にあると言えるな。

人間は他人の言ったことを100%理解することなんてできやしない

そうだろう?もし画面の前の君の言ったことを100%理解できる人間がいたとしたら、それは君と言う人間がもう一人できることと同じである。

人間一人ひとりの思考はその背景が一人一人違う。

私の言ったことを「不愉快だ!」と思う人間もいるだろう。
「そうか!なるほど、俺の思っていたもやもやな感情はこれに近いんだ」と納得する者もいるだろう。

それでいい。

100%の理解が出来なくても、70%程度の理解までは高めることはできるかもしれない。そして”共感”するかどうかはその後決めればよい。

私だって実名やその団体の名前をあげて、特定されるように批判なんぞは書かない(個人的なつながりがある場合)。

だがこのブログの性質上その中でネタになることは書かせてもらう、しかしそこにはちゃんと配慮として事情を知っている人間が読めばわかる程度にぼかして、一般論として書く。



まぁ私が言う時は大体「お前ら反省汁wwww」くらいのつもりで言ってるんですけどね☆(え






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Web上における発信者としての心得

2011/06/05 17:07
どうも、kashiamochi/mclaughlinです。

いきなりですがTwitterはじめてました→http://twitter.com/#!/kvoxmclaughlin
今までTwitterに対しては苦手意識と恐怖があったのですが↓
Twitterの恐怖http://ameblo.jp/akatenjpn/entry-10656381323.html

私がツイッターをやり始めた理由は単純に小ネタの呟きとそれに対する会話を楽しむためにアカウントをとりました。興味がある方はフォローしていただけるとありがたいです。このブログに対する感想や意見をツイートしてくれて構いませんので(とは言え私は夜中にならないと見ないので昼間にツイートされてもすぐには返信できないのでご了承ください)

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さて、本題に入ろう。タイトルとしてはWeb全般に言えることではあるが、せっかくTwitterを始めたのでその辺の話題が中心にしていきたい。では、Twitterの利点とは@誰もが手軽に始められるA返信によるダイレクトな反応をリアルタイムで知ることができることであろう。Webページを立ち上げるよりも、ブログを開設するよりも手軽であるという点が流行っているのかもしれん。ただ、最近は馬鹿発見ツールとしての機能がスゴイな。
痛いニュース:ビッチを具現化した沢尻劣化版の女連れてきたよw」 アディダス女性店員がサッカー選手をTwitterで中傷し大炎上
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1626061.html
↑こういう類の人間に対して情報発信者としての心得を教えたいと思う。

まず、自分が何を利用して何をしているのか?このことを理解できていない人間は今すぐにでも考えを改めるか、それが嫌なら耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ、それも嫌なら(ry
と、どこぞのハイレグ雌ゴリラ少佐になってしまったが、要は@ネットという誰もが情報を探せる広大な海の中に自分がいて、Aそこで自分の意見を発信しているということ、Bそれは誰にでも読まれるし、解釈の仕方も様々である、これが最初に意識するべきところなのだ。

私のブログにしろ、Twitterにしろ、そこに書かれている一つのワードだけでも検索で引っ掛かれば誰かが読むことができるのだ(Twitterは公開なのでフォロワーでなくとも閲覧可能)。さらにいえば私のHNを知っている人が探してもこちらにたどりつくことができる。これは二つのHNを併記している理由でもあるな。

ここで一つ、(指パッチン)話をしよう、あれは今から36万・・・、いや1万4千(ry私の中学生くらいの頃の話をしよう。
当時の私は玩具紹介や改造を扱う個人のホビーサイトにはまっていた。まぁガキの頃からのガノタ(ガンプラオタク)だったからな。結構な数を作っていたし。ホビージャパンとかプラモ狂四郎の改造作例をみて一体何体のモビルスーツがスクラップになったかは・・・、まぁ言うまでもないな。で、一時期ソフトビニールの仮面ライダーやら戦隊モノの人形を可動フィギュアに着せて自作可動フィギュアが流行った時期があった。(当時は仮面ライダークウガの人気を発端として平成ライダーシリーズが人気を獲得し始めて、装着変身シリーズが大きなお友達にもウケていた。だがしかし、現在の可動フィギュア市場からは考えられないくらいではあるが玩具オタを納得させる量産玩具は市場に於いてまだ発展途中であったのだ。)
で、そういうのにのめりこんでいった結果、極めつけは小学校の頃だった。夏休みの工作っていうのがあったんだが(多分全国的にあったよね?)、自分で針金とスポンジ、黒い布を使ってアクションフィギュアの素体を作って仮面ライダーアギトのG3ーX、G4のソフビ人形をばらして装甲服のように着せたフィギュアを提出した。ものすごく周りから浮いていた、と今なら思えるが、何気に低学年の子から興味津津で見られていたと思う(各教室の廊下のところに展示するので)。
そもそもあれって何のためにやっているんだろうな。どうせまわりの連中はホームセンターとかで売っている夏休みの工作キットとかをそのまま作って、申し訳程度に自分なりのカラーを塗るくらいだろうに。私のほうがはるかに自分でインプロヴィゼーション働かせていたと思うぞ。方向は明らかに違うけど。

話がそれた。要は私はそんなオタク予備軍で、当然自分のWebページを作りたいと思ったわけだ。で、親父にそんな話をしたところ「パスワードを設けて私たち(家族)や仲のいい友達だけがみれるように・・・・するんだよね?」と言われたわけだ。











( ゚д゚)ポカーン なにそのmixiの先取り

そんなんでこの私が納得するとでも思ったんだろうか、ウチの親父。普段の言動を見ていればそんなのをはいそうですか、と受け容れるガキではないと理解できているだろうに。
実際当時は学校裏サイトとかの問題が出始めた頃だったと思うし、その中での発言がいじめや校内暴力とかを引き起こしているとかで社会問題になっていた。実際この前後に長崎佐世保の小6女子児童の同級生殺傷事件が発生した。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B8%96%E4%BF%9D%E5%B0%8F6%E5%A5%B3%E5%85%90%E5%90%8C%E7%B4%9A%E7%94%9F%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6


今思えば親父の発想を理解できなくもないけど(当時の私は今以上に世の中を斜めに見ていたのでどんな爆弾を投下していたか自分でも分からない。)、結局その根底にあったのは自分が世間から批判されたくないってのがあったんだろうな。ウチのような家だと幼いころから自分の行動に対する周りからの抑制の言葉は「自分の家はお前が何かすると世間から倍以上に批難されるからやめてくれ」だからな。

たしかに不用意な発言がトラブルを引き起こしかねないとかは理解できるし、それを厨二病真っ最中の人間にHP運営をさせたらどうなるかは目に見えてはいたな。そういう世代(小5〜中3)では、よっぽど頭の良い奴でないと運営は厳しいだろう。だが、その世代を過ぎたら発言の責任は自分で取れる(or取らなくてはならない)のだ。当たり前だろう?世間的には大人と同じカウントをされ始めるのだから。

以上のことを考えると私のネットに対する姿勢ってのが分かっていただけるかと思う。誰もが自由に見れて、自由に発表ができる場所。そしてそれには大きな責任が伴う。それが私のネット社会の最初の印象なのだ。

で、話をTwitterに戻すと、自分の現在の行動を呟けるというリアルタイム感が今までのブログやHPに比べても優れている点である。考えを変えれば現在の自分をネットで誰でも閲覧できるように自ら発信しているということなのだ。これって考えようによってはめちゃめちゃ怖いよな。
だってそうじゃないか、自分の職場(バイト)やら今いる場所、さらには本名を呟いてしまうということは今までのブログやHPで前提としてあった「どこのだれかはよく分からないけど」という部分が薄まっていることなのだ。

別に今日、今現在行っていることを呟くなとは誰も言わん。大いに結構だ。だがな、頭働かせて自分の身と周りに被害が出ないようにしろや。
あのアディダス店員もそこが分かってないのだ。どうせ「自分の友人とかしか見ないから」ぐらいの考えであのツイートをしたと考えていいだろう。もしもあの内容が呟きたかったら自分の勤め先、自分の名前、選手の名前が特定されないように、という前提が必要だったのだ。所詮たった一人の人間の呟きかもしれないが、それが広大なネットの海流れた以上、自分の予期しない結果を引き起こしかねないのだ。

じゃあそれが嫌だからロックしてフォロワーしか見えないようにするという手もある。だが、私から言わせてもらえば、
そんなことするくらいならとっととアカウント削除して交換ノートでもしてろと言いたい。
これはmixiにも言えることだな。ネット回線を使ってまで箱庭の仲間だけでしゃべるってどうなのよ、と。

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最後に、この記事を書いてて気付いたのだが私のフォロワーにも該当者が何人かいるな。別にその方々へのあてつけでも何でもないのだ。むしろ啓発と言ってもいいかもしれん。ただ、ネットに対する姿勢はお互い理解しえないのかもしれないな。公開を当たり前と考えるか、それが嫌なら非公開と考えられるか、という違いだしな。
悪口ではないと付け加えておく。意見があったら私にコンタクトを取ってくれ。



そんなツイートで大丈夫か?
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報道について考える

2011/05/15 00:56
どうも、こんにちは。kashiamochi/mclaughlinです。

いくつか書きかけの記事があるのですが、その冒頭でこのブログでの私の口調の説明をしていたのですが、

アップしてないのに他の記事を載せてしまったよorz

と、まぁここで一つお琴割りお断りをしておくと

冒頭での丁寧な口調の方・・・kashiamochi

記事本文での口調・・・・・mclaughlin

としています。

なんでダブルネームで使い分けているのかというとkashiamochiはネット上の使用歴が長いのでこっちの方で検索かけてくれる方もいらっしゃるのですが、mclaughlinの方はリアルの世界での私のあだ名のためです。

書いている人間は一人の人間なのですが、こうした方が色々と企画をやる際に便利なのです。

まぁ別に精神的障害があるわけではないのですが

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では読者の方々よ、本文に入っていくとする。

初めに相当更新が空いてしまったことは反省しておく。

さて世間では震災の報道がトップに来ているのは当たり前だが、福島原発しか福島が報道されていないというのは前回の記事で述べた。私のところにしては結構閲覧数が伸びている。

まぁ、あんだけ検索に引っ掛かりそうな言葉を載せていればそうなるか。

マスコミの偏向報道について前回は触れたということもあり、今回は特に震災にかかわらずマスコミが報道しない最近のニュースについての私の見解を述べていきたい。

・リビアの騒乱

このことについてはいきなりだが私の愛読してるブロガーさんの記事を紹介しよう。というか、分かりやすいし。

霧島家日誌 今回のリビア騒乱に関する霧島家の公式見解

直リン貼ってしまって向こう側が怒ると申し訳ないので検索ワードだけ載せておいた。興味がある人はググってみてくれ。

まぁ、そこに書いてある一万字近い記事を簡単に済ませるならば、

今回のリビアの騒乱は、エジプト・シリアで起きた民主化運動とは全く異なるものであり、早い話が部族の対立が一般民衆を巻き込んでいるだけ

ってことになる。

まぁカダフィ大佐も今回のことに対してはテロとの戦いだ、って声明だしてたりする。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110306/mds11030622470007-n1.htm

つーかこれって単なる内ゲバだからこのことに他国が関わるのは内政干渉だと思うのだがな・・・・。

・辻元清美の物資横領疑惑

これは四月二日の記事でとりあげたな。所属サークルの飲み会の後に部屋で〆のメシを食いながら知ったので当該ブログの紹介だけになったが、これはその時の記事にリンクが貼ってあるので見といて欲しい。

ついでにニコニコ動画のボウズプロバカンダー氏の動画のリンクも貼っておく。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14011779

まぁなんだ、胡散臭い団体が背後にいる時点で政治家としての信用ないな(それ以前に社民党という時点で駄目だろうけど


・電力問題

五月の連休明けから都内の主たる諸大学が再開した。私のところも同じだ。

節電対策として構内の照明はかなり落とされているし、エスカレーターも一部止まっていた(が結局動かし始めた)。
結局今のところ想定されていた大規模停電は起きる気配はない。

しかし平日の電力使用量を見ていると17時〜21時は80%越えが当たり前であったりするわけだ。
夏場は本当にどうなるか予想がつかないな。

ちなみに私は本気でエアコンが使えないと暑さによる脱水症状でタヒぬ

結局のところ日本は原子力なしではどーにも立ち行かないのか?
そこに大いなる疑問符が頭によぎる(だからと言って今すぐ日本の全原発止めろとは言えん。)

では現在稼働しているのは一体何基なんだろうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

なんだほとんど停止中じゃねーか

とはいえ震災の影響で止まったところ(関東・東北)と定期点検中だったところ(中部・関西及びその他西日本)ではその意味するところは違うわけだ。

このことはまたもう少し煮詰めてからちゃんと記事にしたいと思う。


……最近こればっかだな。

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*お知らせ(紹介のみ)

2011/04/02 02:02
どうも、kashiamochi/mclaughlinです。

今回はちょっとみなさんにみていただきたいブログがあります。

スミスのブログ
http://ameblo.jp/barrett-m82/

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どう思うかは皆さんの判断にまかせよう。





この話が本当だとしたら、だ






腐りきったやつしかおらんのか今の政府には

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また後日ちゃんとこの件に関して更新します。

今はあまりにも情報が少ないので明言はさけます。

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タイトル 日 時
新企画をやろうかどうか
どうも、こんにちは。kashiamochi/mclaughlinです。 ...続きを見る

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2011/03/23 17:39
改めて再出発
どうもこんにちは、kashiamochiです。 ...続きを見る

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2011/03/22 01:56
失墜の堕天使
御来訪のみなさん、初めまして。 ...続きを見る

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2009/11/14 14:37

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